厰甸とは、現在の琉璃厰付近のことである。この界隈でも、かつて盛んに廟会が行われていた。ここには、かつて呂祖閣・玉皇閣など多くの廟宇が存在した。
この界隈を遼代には「海王村」と呼び、明の嘉靖年間には琉璃厰厰甸と呼ばれることになった。ここに市場が立つようになったのは、清の乾隆年間のことであり、その後民国7年(1918)より、旧暦の正月一日から十五日に廟会を行っていたという。
ここで取引の中心となったのは、やはり書画骨董の類から、宝石・手工芸品などである。もちろん食品などを扱う店も多く存在した。
宝石などの取引の場として重視されたのは、ここにあった火神廟であった。この火神廟は清の乾隆年間に重修されたものであるが、後にその性質を失い、市場となっていった。現在、この火神廟は「西城区文化館」となっている。
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