天安門の前を流れる河を外金水河という。西から東に流れている。天安門前を過ぎると皇城壁の北側を流れる。約510メートル東に流れて、紫禁城のお堀・筒子河の配水河である御(玉)河と合流する。この約510メートルの部分を菖蒲河と呼称している。菖蒲河はさらに東に流れて、通惠河に注いでいる。
この菖蒲河は元大都の時代に開削されており、800年の歴史を持つ河なのである。明代には橋が架かっていた。北側の通りは東苑長街と呼ばれ、皇宮の東苑となった。河を跨いで湧福閣が建っていたが、清代には撤去されている。また橋は牛郎橋と呼ばれ石の台座に木板橋に改造された。天の河で年に一度牛郎と織姫と会う民話はあまりにも有名である。
御(玉)河と合流する地点に水門があり、清代には天妃(織姫の異名)水門と呼ばれた。この周辺は皇城内に住む人々の散策の場であったのだ。この流域には菖蒲の花が自生していたので菖蒲河と呼ばれた。
民国以後、河の両岸に一般住民が住むようになる。1960年代に“破旧運動”が起き、皇城や一部の重要建築が破壊されたとき、この河の重要史跡はすべて喪失してしまった。その後、両岸には民家が密集し始め、菖蒲河はゴミと汚水の流れるドブ溝と化す。河に蓋をし、暗渠となり河は地上から消失する。
2002年に修復し、菖蒲河周辺を整理する。河幅9メートル、4座の橋、大量の樹木・花木を植樹し多くの景点を造る。北岸には皇城芸術館、四合院街、川辺に水門や亭を再現する。そして、2002年9月菖蒲河流域を公園として、一般市民に開放した。
場所:長安街南池子門北
入場料:なし
|