紫禁城の北にある景山公園の中心は万春亭、ここから北を見ると一直線に道路が走っている。その先に鼓楼が見える。城壁が取り除かれる以前であれば、地安門が見えて、その先に鼓楼が見えたはずである。后門橋は地安門と鼓楼のちょうど中間に位置している。
元代1285年の建造、万寧橋と呼ばれ、海子橋とも俗称された。地安門は后門とも呼ばれたので、この橋を后門橋と呼ぶようになった。
この橋は后海から通州を経て天津、渤海に通ずる重要な水運路の基点であった。また后海の水位を調整する水門でもあり海子水門、澄清水門と呼ばれた。橋の下に北京の二文字が彫られ、ここより水位が上がると北京に水害が発生したという。
后門橋は北京の水運および周囲の商業発展の要となっていたのである。現在は地安門大街の喧騒の中に埋もれてしまっており、振り向く人もほとんどいない。風化の進んだ橋の欄干は一部補修されているが、一目見てその古さが分かる。一方、水路は后門橋の東50メートルほどで尽きており、町並みがひしめいている。700年以上利用されてきたこの后門橋は北京の生き証人のひとつなのである。
場所:地安門大街、鼓楼南300メートル
入場料:なし
交通:バス停地安門から北へ徒歩10分
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