八達嶺水関長城は北京市北西40キロのところにある。この区間の長城は、八達嶺長城の東端にあったが、中国初の自主設計による京張鉄道の建設のため、切断されることになった。水関長城は明の長城の遺跡であり、4百年も前に、倭寇退治の名将である戚 継光の主宰で築かれたものだ。ここの長城は、険しい谷間に位置しており、V文字の形をして、今にも飛び出そうとする巨大な龍のように断崖絶壁の間を走っている。やぐらは敵情を見張る望楼の機能があるほか、水門としても用いられている設計は、近くの長城では滅多に見られないゆえ、「水関長城」と呼ばれるようになった。要害の地に立ち、山々の中を駆け巡る水関長城の姿は龍を思わせる。連なる砦がにらみ合い、掛かってくる敵の行く先を阻む。水関長城は東は「川字一号」という望楼から始まり、西は京張鉄道まで延び、延長6.8キロで、奇抜さ、険しさ、堅固さで世に名高い。
八達嶺水関長城は関溝の中部に位置し、七十二景は長城の周り星にのように点在している。弾琴峡、金魚池、石仏寺、駱駝石などのスポットは25,000平方メートルの空間に分布しており、たくさんの見所が観光客の来訪を待っている。
長城は四季によって異なる美を見せている。春は山の美しい花、夏は茂る新緑、秋は紅葉狩り、冬は雪景色。風光明媚な地に壮絶な長城というのは最高の組み合わせ。春のときに、長城の両側で咲き乱れる花に取り囲まれる中、遠くの雲にまで伸びていく長城を眺めれば、中華民族の偉大さが十分に分かると思う。長城沿いで西へ3キロ歩くと、中国初の鉄道「京張鉄道」のあの「人」文字鉄道がある。そこにある詹天佑の衣冠を埋めた塚では、氏の風采を仰ぎ見ることができる。
水関長城は1995年より正式的に一般公開され、観光客を延1千万人あまり接待している。水関長城は数多くの長城のスポットの中でも観光客のお気に入りとなっている。
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