北京の観光地の一つである后海の辺にかつて宋慶齢が暮らしていた屋敷がある。ここは清朝末期の皇帝、宣統帝の屋敷であったが、1963年から1981年までの間は宋慶玲の屋敷として使用され、現在は彼女の記念館として使用されている。
孫文の妻であった宋慶齢は上海で生まれ、14歳でアメリカに留学、帰国して、孫文の英文秘書を勤めたことがきっかけで26歳年上だった孫文と結婚し、孫文を支え続け、なくなった後も、「革命」の志を引き継いだ。姉と、蒋介石夫人になった妹の3人は「宋家の3姉妹」と呼ばれ、辛亥革命や、西安事件の後起こった日中戦争では抗日統一戦線の象徴として戦地への慰問を行ったりしている。
中華人民共和国設立後は台湾に移り住んだ妹たちとは活動を別にし、毛沢東などの薦めもあり北京に移り住む。そして、中央人民政府副主席や、国家副主席を勤め、得意の英語を生かした国際交流や婦女の保健衛生、文化教育活動に尽力した。
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