4月の初め、職場の同僚と一緒に北京の玉淵潭公園に花見に行って来た。ここには日中国交正常化の立役者・田中角栄元首相が寄贈した北海道のオオヤマザクラ180本を元に、今では山東省や東北から移植したさまざまな種類のサクラ約3000本が植えられている一角がある。その日はちょうど満開で、文字通り桜花爛漫であった。サクラの下には「日本から贈られた友好の証」と刻まれた石碑も建っている。
水面に淡いピンクと木々の緑が影を落とし、上野公園の不忍池を思い出させてくれた。筆者は3月下旬、例年だと花見シーズンだと思い込み、2年ぶりのサクラを楽しみに、一時帰国した。ところが、早く咲く場所として有名な東京・霞が関の外務省前のサクラ並木も、上野公園のサクラも頑固に居座る冬にはばまれて、まだ堅いつぼみであった。その時の振られた恨みがあったせいか、北京のサクラはひときわ美しく見えた。
日本では花見と言えば、サクラであるが、中国ではサクラは花見の対象には違わないが、特別扱いはされていない。北京の春は長く見ても1カ月程度で、今年も4月に入ると、花々が一斉に咲き始め春到来を告げた。玉淵潭公園にも、モモ、ウメ、アンズ、レンギョウ、モクレン、カイドウも咲き乱れていた。サクラだけが花ではないことが実感できる。
花見の雰囲気もまるで違う。日本ではサクラの木の下にシートを敷いて、車座になって、持参した弁当を広げ、酒盛りを始め、ワイワイガヤガヤであるが、玉淵潭公園ではそのような光景は全く見かけまなかった。老若のカップルや家族連れがそぞろ歩きながら、花々を眺めていた。女性は申し合わせたように、花が咲いている枝をちょっとつまんでカメラに向かってポーズを取っていた。
中国人が抱く日本のイメージは富士山と並んでサクラのようである。秦の始皇帝のために日本に不老不死の薬を探しに行ったと言われる徐福が、どこかの山をピンクに染めたサクラを見て「あの花こそ祥雲」と感嘆したという言い伝えもあるようである。
日本人はサクラが好きであるが、それも散るところが気に入っていて、かつて大学入試に失敗した時の電報は「サクラチル」だったそうである。筆者も玉淵潭公園のサクラを見上げて「散る桜残る桜も散る桜」と詠嘆調でつぶやいてみたが、中国人の同僚のひとりは「日本人は当たり前のことに感動するんですね」と怪訝な顔をしていた。
中国人が好む代表的な花はボタンだろうか。「花王」と称えている。北京で言うと景山公園のボタン園が有名であるが、大輪の花が咲き乱れている様子は見応えがある。
北京の短い春を惜しむように、人々は好天の週末には踏青に出掛ける。日本でも春の季語であるが、青草を踏んで野山を散策し、花々を愛で、心が弾む季節である。
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