明・清時代、北京城内には北海、中海、南海、前海、後海、西海という六つの池があり、人々は前海、後海、西海の三つを合わせて「什刹海」と呼ばれた。北海と中海、南海は皇帝の専有であり、宮廷ならではの威風を備えている。什刹海はこれとは異なり、池に沿って四合院(中国北方の伝統的住居)が設けられ、胡同(横町)が網の目のように張りめぐらされている。親しみやすい庶民的な雰囲気がここにもたらされている。
そんな静けさと温もりのある池のほとりに、近ごろはにぎやかなバーやレストランが出現した。観光客が大挙しておしよせ、夜ともなるとネオンがきらめく。それは、古い什刹海が一新されたかのよう。さまざまな流行もトレンドも、ここから発信されるようになった。
夏の夕方ともなると、「銀錠橋」は格別のにぎわいをみせる。たくさんの自動車や通行人が、このアーチ状の橋の上を往来するのだ。ここは什刹海の前海と後海をつなぐ水路で、銀錠橋がその水路をまたいでいる。橋の上から西を望めば、遠くにかすかな山影が見え、後海の水の静けさと岸辺のしだれ柳がそれを際立たせている。まるで美しい山水画の構図のようだ。これが、その昔の北京城で知られた「燕京八景」の一つ、「銀錠観山」(銀錠橋から西山を観る)である。
銀錠橋のそばには、さまざまなバーやレストランが二、三十軒立ち並ぶ。夕闇迫るころ、ネオンが輝き出すと観光客らがつぎつぎとやってきて、それぞれ気に入った場所を探す。若い従業員が通りで客を呼びこむ声やバーから聞こえる音楽、自動車のクラクションが混じりあい、ここはとりわけにぎやかだ。
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