琉璃厂の延寿街には、観光スポットのような豪華さや喧騒はなく、昔ながらの北京の胡同が今も残っている。
魁徳社は延寿街の北側に位置している。観光スポット特有のにぎやかさはここに来ると、その余韻は全くなくなり、ただ平凡な庶民の生活が残っている。ここにひっそりと佇む魁徳社は、入口の左侧の壁に店名の「魁徳社」と店の名が書かれた大きな看板があるだけだ。右側の壁には「最も濃い京語京韵、最も古い北京文化、最もすばらしい説演弹唱,最も小さくて楽しい劇場。」と書かれた小さな看板が置かれている。しかし、古くて壊れかけており、たとえ三味線が入口に置かれていても、うっかりと見落としてしまいそうだ。最近、この「一人劇場」がインターネット上で支持されている。一人で曲芸に打ち込み、芸術をを追及するそのストイックな姿が文芸靑年の趣味にマッチしているのだろう。
彼の名は于小章、单弦のアーティストである。魁徳社の社長であり、魁徳社唯一の俳優である。今年でちょうど60歳になる。
于小章氏の「楽しい劇場」は、実際は幅2メートル、奥行6、7メートルの狭い部屋であり、部屋の北側に木の簡易ベンチが並んでいるだけである。反対側の壁には写真や新聞が沢山貼られ、、その中には彼の祖父や父親、若かりし日の彼自身の写真がある。彼の祖父于德魁は有名な太鼓絃師であり、曲芸十老の一人であった。また魁徳社の創始者であり、「于八爷」と称られていた。父于少章も「单弦名人」と呼ばれ、周璇の伴奏を務めたこともあり、また「单弦大王」荣剑尘と一緒にレコードを収録したこともある。
客は、ほとんどが琉璃厂と平和門を訪れた観光客である。演出も簡単で、毎回10分ぐらいで、短い3つの演目をおこなっているだけである。
于小章氏にとって、いくら金をもらうかが重要ではなく、より多くの人に古い北京の文化を伝えることができればそれで満足なのである。しかし残念なことに、これらの曲芸の後継者はいまだ見つかっていない。
「年寄りがますます少なくなって、将来、魁徳社を知っている人がいるだろうか?私がやっていけなくなった時が劇場を閉める時なのかもしれない。」于小章氏は語っていた。
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