北京市昌平区の天寿山の麓に位置する明の十三陵は明の十三人の皇帝の陵墓群です。東、西、北三方を山に囲まれ、南に龍山、虎山が向かい合い、温楡川がそのうちを流れています。本当に素晴らしい地理環境に恵まれていると言えます。明の十三陵の建設は、
1409年永楽帝の「長陵」から、1644年崇祯帝の「思陵」まで、235年間にわたってついに80平方メートルの陵墓群を形成させました。十三陵には皇帝と皇后の合葬墓が13基、妃の墓が7基、宦官の墓が1基あります。そのほか、「九龍池」「聖跡亭」「仙人洞」など名所旧跡もあります。
神道
明の時代、十三陵は厳重に警備されたところです。陵園の正門としての南にある大宮門の左右には、それぞれ石碑が聳え、その上には、「役人らはここに至りて下馬せよ」という楷書が刻まれています。重要な祭りを行う場合、大臣や皇帝までもここで馬やかごから降りて、陵まで歩きます。その時、敵軍を防ぐため、陵園の周りに城壁が建てられるし、軍隊が昼はもちろん夜も休まずパトロールしていました。
今、公開するスポットは「長陵」「定陵」「昭陵」と「神路」といった四ヶ所です。今日は、「永楽帝」-朱棣と皇后徐氏の合葬墓、すなわち十三陵の第一の陵と呼ばれる「長陵」をご案内いたします。「長陵」の「地下玄宮」は
1409年に起工し、4年間をかけて完工しましたが、殿宇の建設が1427年までに終わりました。「長陵」は十三陵の中で規模が最も大きく、建設時間が最も早く、現存する地上建築のうち最も完璧に保存されている陵です。「長陵」は十三陵の中心部に位置し、神道(参道)と木製建物からなっており、その後ろには天寿山があり、気勢が雄大です。
ほかの神道はこれを起点としたため、この約
7.3キロメートルの神道は「総神道」と呼ばれています。「総神道」は「長陵」の南北の中軸線であり、「石牌坊」「大紅門」「聖徳碑亭」「石像生」「龍鳳門」などはその両側に立ち並んでいます。これは皇帝の最高の威厳をはっきりと示しています。陵園の構造は素晴らしく、あるべきものほ全て揃っており、規模が大きいです。これは中国の歴代の帝王の陵墓の中で、比較的完全に保存されたものです。
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