咸豊十一年(1861年)に建てられた可園は南北長約97メートル、東西幅約26メートル、面積約4畝ぐらいで、前後二つの中庭に分かれ、前庭の中心が池で、後庭の中心が築山で、各々が独立していて、東側にある長廊下で貫通されている。
前後の庭にはそれぞれのメイン部屋が真中に位置し、南向きで、西側にそれぞれ小屋があり、東側の長廊下と均衡をとっている。東南角にある正門から入ると、防壁の役割の築山があって、その上にコンパクトで精巧な六角亭が建てられてある。西へホールを潜って、西部屋の前を通って、水池の小さい石橋に立つ。水池の面積が小さいけど、異形にしていて、二本の支流が引かれてあり、一本が石橋の下を貫いて西壁で止り、もう一本が南の築山を貫いて六角亭の下に来て、岩と相俟って、天然泉の美しさが現れいる。前庭にあるメイン部屋は五部屋による「硬山式」建物で、空間が大くて、寝室と廊下もついてある。メイン部屋の東側の廊下を歩いてきって、緑竹挟みの斜めの道に沿って庭の中にやってくる。庭の中には山石がうねうねと曲がりくねっていて、半開半閉、松竹と相俟って、実に精巧。 後庭のメイン部屋は五部屋による「硬山式」の寝室&廊下つき建物で、前出三部屋の「歇山抱厦式」である。東側の築山の上に三部屋による「歇山頂式」軒館があり、全園の最高処である。この建物は最も精巧で、山や石を抱え、一本の大きい槐の木が前にあって、廊下椅子で、ユニークな建物である。軒の下に石で浅いプールを作ってあり、雨のとき池に、無雨のときプールに、北地方の庭園での独特な処理方法である。
可園の建物のすべては灰色筒瓦で、れんが壁がメインで、白い粉を塗っておらず、質朴なのである。パビリオン等はすべて赤い柱で、長廊下が緑柱である。梁に書いた蘇州式絵画は、箍の端や角材の心のキャップのみに飾られている。述べる価値があるのは、建物軒下にぶら下がっている楣のすべてに木彫りをしてあり、繊細複雑で、様々なトピックの松・竹・梅・蓮・ヒョウタン等は、通常のデザインより美しくエレガントなものである。 全園には中軸線と正側の概念を明らかに存在し、洗練されたレイアウトで、精巧で上品、洗練された岩、池紆余曲折、貴重な松・槐の木・桑等古い木が数多くあって、全体的に保存状態がよいほうで、清朝後半の北京私家庭園の代表的な作品である。
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