菊児胡同は北京の東城に位置する。ここの建築は北京旧市街の文化を象徴している。清光緒年間、栄禄という大臣は菊児胡同3号、5号、7号に住んだとされる。3号は祠堂、5号は寝室、7号は花園であった。その上、菊児胡同7号はかつてアフガニスタンの大使館であった。
菊児胡同に建てられて新築は建築上の特色で受賞したことがある。北京が好きな外国人や初めて北京に来る外国人がだんだんこの一帯に集中してきた。現在、ここにはフランス、米国、イタリア、ドイツ、フィンランドの外国人が住んでいるが、多分もっと多くの国の友人がここに住んでいるだろう。
菊児胡同は南鑼鼓巷の一番北、その東側にある胡同。その名が内外に馳せることになったのは、建築の大御所・呉良鏞教授が設計を担当した「危険家屋改修プロジェクト」が92年、アジア建築協会の「アジア建築金賞」を受賞したのに続き、93年に「世界居住賞」を授与されたからだ。
胡同のなかほど、その北側に2-3層の建物がいくつかある。黒瓦に白壁。それらが折り重なって小さな住宅群を形成。江南の民居のような秀麗さ、古い北京四合院の趣もあり、周囲の建築物の風格とも非常にマッチしている。これが改修された菊児胡同の新しい四合院だ。呉良鏞教授は「有機的な更新」という都市計画理論に基づき、「古都の改造に当たっては、歴史的価値のある建築物の保存に努め、すでに傷んでいてもまだ利用できる建築物は改修するほか、危険な家屋を取り壊すなど、時間をかければ、歴史的な雰囲気を留めるだけでなく、有機的な環境が形成される。こうした四合院はマンションのようにプライバシー性が強く、庭園式の住宅という感じが強い、という二重の特徴を兼ね備えており、古い胡同と有機的に統一されることで、古都の風貌は保護される。北京という古都の開発を模索する上で成功したケースだ」と話す。
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