筍慧生(1900~1968)。河南省洛陽出身。京劇の流派「筍派」の創始者。創造性に富んだ芸術家であった。
筍慧生は幼いときには河北省の地方劇・河北梆子を学んだが、15歳から京劇を演じ始める。筍慧生は演技に河北梆子の節回しや歌唱法、演技を取り入れ、京劇の老人役である老生、老旦の技巧を融合させ、独自のスタイルを確立した。世に言う「筍派」で、チャーミングな女性を完璧に演じ、それを得意とした。
筍慧生の旧居は北京市宣武門外山西街甲13号にある。広い庭のある四合院で、梨、柿、ナツメ、サンザシ、リンゴ、海棠などの果樹が植えられている。庭の柿の木は秋が深まると鮮やかな色の実をつけ、まるで青空に赤いランタンを掲げたように美しい。しかし、この柿の実は熟しても収穫せず、冬の来客に供された。冬の日、訪れた大勢の来客と火鉢を囲んで談笑し、庭の柿を取って来てきれいに洗い、小皿に入れて客に勧める。ナツメも甘味が強く、筍慧生は毎年その実を梅蘭芳、田漢、老舎などの親しい友人たちに贈っていた。
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