程硯秋(1904~1958)。北京出身、京劇の著名な舞台芸術家で、京劇の流派「程派」の創始者。
貧しい家庭に生まれた程硯秋は、6歳で京劇俳優の内弟子となり、最初は立ち回りを演じる武生を学び、後に女性武将を演じる女形・武旦に改める。11歳で初舞台を踏み、すぐに頭角を現す。1922年、上海で数回にわたって公演し、そのたびに人気は高まった。程硯秋の歌唱法は物悲しい響きがあり、悲劇を得意とした。程硯秋の演技は芸術性が高く、美声を聞かせる節回しは京劇のスタンダードにまでなっている。か弱い女性を演じることが多かった程硯秋だが、彼自身は長身であった。しかし、その舞台姿ははかなげで美しく、北方中国の男性特有の無骨な雰囲気は微塵もなかった。
1958年3月9日、程硯秋は心臓病のため54歳の若さで世を去る。四大名旦の中で最年少だった彼が、最も早く没したことは実に惜しむべきことである。
程硯秋の旧居は北京市西城区西四北三条胡同39号にある。彼はここに1937年から病没する1958年まで住み続けた。梅蘭芳同様、その家は北京の伝統的な四合院で、建物の配置が保たれおり、内部には程硯秋が生前に使った舞台衣装、台本、書籍資料、動作の練習に使った鏡、文具、絵の道具、生活用品、国内外の友人知人から贈られた記念品などが保管されている。
彼には『硯秋文集』などの著作があり、その知識は広く、見識も深かった。彼の残した文献は京劇研究の貴重な資料である。1984年、程硯秋旧居は北京市文物保護単位に指定されている。
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