皆さん、こんにちは。承德の世界文化遺産「外八廟」の一つ、普楽寺へようこそ。普楽寺は清の乾隆31年(1766年)に建てられ、当時、新たに帰順したモンゴルの諸部族の首脳たちが参拝するために造られました。寺の名前は「普楽」、つまり「天下一同の楽しみ」を意味し、乾隆帝の「その教えに従い、その習俗を変えない」という統治思想を象徴しています。
普楽寺は東西に約2万4千平方メートルの敷地を占め、漢族様式とチベット様式が融合した建築です。西側は漢族の「伽藍七堂」と呼ばれる伝統的な寺院配置で、山門、天王殿などがあります。山門には乾隆帝が漢・満・蒙・蔵の四言語で書いた「普楽寺」の扁額が掲げられています。
東側はチベット仏教の「曼荼羅」(宇宙の模型)を模した「闍城」と呼ばれる3段のプラットフォームで、その上に寺の中心建築である旭光閣が立っています。この建物は北京天壇の祈年殿を模しており、中には銅鋳の密教上楽王仏(俗に「歓喜仏」とも呼ばれる)の双身像が安置されています。
普楽寺は清の民族政策と多文化共生の象徴であり、その建築美と歴史的価値をぜひご堪能ください
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