西陵には4陵、すなわち雍正帝(1678~1735年)、嘉慶帝(1760~1820年)、道光帝(1782~1850年)、光緒帝(1871~1908年)の陵が築かれている。ここでは雍正帝の泰陵を紹介しよう。
泰陵は厳格な規則にしたがって建設されている。南から北に向かって、石牌楼、大紅門、具服殿、大牌楼と続く。七孔橋を渡ると左右に一対の石柱・望柱がありその後に石像が居並ぶ。鳳凰門を過ぎるとやっと墓陵が見えてくる。明の十三陵とほぼ同じ格式である。
三路三孔橋を過ぎると謚号碑亭、その東西に神厨庫、東西班房、焚帛炉、東西配殿。さらに北に進むと隆恩殿、墓陵への入り口である。隆恩殿をくぐり瑠璃瓦で彩られた三座門をくぐり二柱門をくぐる。やっと墓陵の前の石五供とその奥に本殿が眼前を覆う。
方城とその上に立てられた明楼、泰陵と書かれた石碑・廟号碑がいかめしい。本殿である。この方城の下から月牙城また亜巴院と呼ばれる通路は棺の納まる地宮への通路である。
方城の後部に小高い丘がある。周囲を城壁が取り囲んでいる。地宮の上部である。宝頂または宝城と呼ばれている。
場所:河北省易県
交通:車で日帰りコース
入場料:40元
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