恭王府は清王朝の繁栄から衰退までの歴史を目の当たりにし、豊かな文化を残しているため、「一座恭王府,半部清代史(恭王府一つには、清の歴史の半分が刻まれている)」と言われている。清王朝が滅びたあと、邸宅の所有権は補仁大学に移った。
1988年、恭王府の庭が一般公開され、2008年、恭王府の修繕工事が完了し、恭王府全般が観光客に一般公開された。
「山神廟」は恭王府楡関城壁の東南方向にある坂に立っているアーチ状の小さい廟である。最初、王府の主人はここで狐、蛇、ハリネズミとイタチの「四神」を祭っていた。これらの動物は古代から庭園によく出没していたそうで、王府の歴代の主人たちは四神を神として尊敬し招待して、失礼なことは怖くて決してしなかったと言われている。
王府の人が病気になっても事故に遭っても、廟の前に貢ぎものを並べて、礼拝し、線香を供える。驚くことに効果があったと言われている。今では狐は出没しなくなってしまったが、他の三種類の動物はよく庭園で出没しているとのことである。
住所:北京市西城区柳荫街甲
14号
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