三山五園は北京西北郊外にある清朝の皇家園林である。「三山」とは、香山、万寿山、玉泉山であり、その上に建てられたのが「五園」と呼ばれる静宜園、清漪園(頤和園)、静明園,畅春園和圓明園だ。
個々の園林は独自の歴史を持ち、造園手法も異なり、全体で見るとまるで歴史、文化の展覧会であり、各時代の皇帝の美の哲学と自然山水への追求が反映され、中国伝統の園林芸術の集大成である。
畅春園
畅春園の前身は明朝清華園で、康熙帝が南から帰還する際、江南の美景に心を奪われ、その美景の再現に力を入れ始め、江南の美景を皇宮近くで堪能できる夢を実現しようとした。のちに康熙帝は泉が豊富な清華園を選定し、その廃墟の上で江南山水の景色の再現に取り組んだ。畅春園は主に湖など、水による景色で構成され、園内は明朝の古木と古藤が残されており、幽静な環境となっている。
圓明園
圓明園は「万園の園」と呼ばれ、東方の夏宮と賛美されている。五代の皇帝により長き時間をかけて建設された圓明園は、まさに「この世の仙境」であり、偉大な宮殿から、農家の建築、江南の美景までそろえており、まさに東方の気品を表した園である。
万寿山清漪園
清漪園とは現在の頤和園であり、中国古典園林芸術の全盛期に建造され、現在世界で最も完全に保存された規模最大の皇家園林である。建造時は、他の四つの皇家園林はすでに完成されており、乾隆帝は母の誕生日を祝うため、清漪園を建設し、皇家園林全てを結びつき、独特の清朝皇家園林区を作り上げた。
香山静宜園
香山静宜園は西郊外の東坂に沿って建設され、迫力と美しさで北京の独特な風景として位置付けられ、のちに乾隆帝の手により、山林の自然を楽しめる大型園林とかした。園内の建築は山に沿って建造され、排列は複雑だが、所々に池があり、園林で山と水を堪能することができる。
玉泉山静明園
玉泉山は北京西山の支脈である。静明園の山の所々にたくさんの泉が湧き出す穴が存在し、中で最も大き穴は「玉泉」と呼ばれているが故、静明園は「玉泉山」の二つ名を持つようになった。静明園は清王朝が北京で建設した最初の行宫(皇帝が外出する時に住む宮殿)であると同時に、「三山五園」皇家園林群建設の始まりの場所でもある。
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