太廟は明清時代の皇帝が祖先を祭った家廟である。1420年、明の永楽帝の十八年に建てられて総面積は200ムーである。「天を敬って祖を法する」という伝統的な礼儀制度によって建築されたのである。天井及び廊の柱には赤い金製の花が貼られ、とても精細で、装飾も晴れやかである。
太廟は皇帝が祖先を祭る場所である。正殿の両側に両脇の殿が15軒ある。東の脇殿に歴代の功績がある皇族の位牌を祭っている。西の脇殿に功績がある異姓大臣の位牌を祭っている。正殿の後ろの中殿と後殿は黄色の瑠璃瓦に覆われる。中殿は寝殿という。後殿は祧廟という。そのほか、神庫、神チュウ、宰牲亭、治畜房などの建物もある。太廟は古柏で知られて、樹齢が数百年にも達して、様々な形を呈している。とても勢いがある。
太廟の前殿は三大殿の主殿であり、皇帝が大きな祭りを行ったところである。前殿は明代に設立され始めた。明末清初に壊された後、真中の三軒と殿の柱だけが残された。順治年間に正殿を立ち直した後、正殿が十一軒、奥行きが四軒、二重ひさしと脊の並べ、殿の額に漢字と満州字で「太廟」と言う字が書かれている。殿の外の三重台基は漢白玉石の欄干に囲まれている。月台の御道の正面に竜文石、獅子紋石、海獣石が順に刻まれている。殿内の梁が沈香木で作らて、ほかは金糸楡木で作られる。地面に金のレンガが敷かれてる。天井及び四つの柱が純金の葉に覆われてる。殿の内に木製の金漆で刷られてるお神様の座が祭られて、帝の座に竜が刻まれて、後の座に鳳が刻まれている。座の前に供物、香炉や銅炉などが並べている。両脇に皇族と功績のある大臣の位牌が祭れている。中殿は横が九軒、奥行きが四軒である。それは石製の露台を通して前殿と繋いでいる。殿外の石段の下の左右の方にそれぞれ二つの灯が飾られている。殿中の真ん中に太祖が祭られ、別の各祖が両脇の室に祭られている。
住所:北京市東城区天安門の東側
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