法源寺よりも古い唐代のお寺が郊外にある。北京の中心から西に車で一時間ほど行ったところにある門頭溝区の戒台寺である。唐の初代皇帝、高祖李淵(566~635年)の武徳5年(622年)建立というから、法源寺より20歳ほどお兄さんというわけで、その名の通り、高さ3・5メートル、外周23メートル、三層の漢白玉石造りの、中国一の戒壇があることで知られている。
戒台寺はまた、境内の臥竜松、九竜松、抱塔松、活動松、自在松などと名づけられている千姿万態の松の老樹で知られている。
千年も昔の遼代に植えられたという九竜松は、幹の直径2メートル、高さ18メートルで、九本の枝が九頭の竜のように縦横に伸びているところから九竜松とよばれるようになったそうで、松の老樹の多い北京でも最高齢だといわれている。活動松は乾隆44年(1779年)にここを訪れた清の乾隆帝が枝先に触れるだけで木全体が揺れるのに驚き、この名をつけ、「老幹稜々として百尺を挺き、何に縁って枝揺れれば本身も随うか・・・・・・」という詩を書いた。この詩を彫った石碑が活動松の傍らにいまも残っている。
もう10年も前の夏のことであるが、わたしはミーン、ミーンという蝉の鳴き声に誘われて、戒台寺の松林に入り、その涼しさに感激したのを覚えている。帽子を脱って、頭を松風に「灑がし」ていた。
この戒台寺から車で北西に10分ほど行ったところにある潭柘寺は、北京でいちばん古いお寺なのでちょっと触れておきましょう。晋代(265~316年)に建立されたというから1700年の歴史があるわけで、「さきに潭柘寺ありてのちに幽州(北京)あり」ということわざがあるほどの古刹である。
歴代の皇帝はこの寺をとても大切にしたようで、清の康煕帝は1697年、「勅建岫雲蝉寺」という寺の名を書いて贈り、この額がいまも山門に掛けられている。岫雲寺というのは康煕帝が潭柘寺に贈った名だそうである。
この寺の塔林には金、元、明、清の高僧の墓塔72基が、文字通り林のように立ち並んでいる。なかには明の宣徳四年(1429年)に北京で円寂したといわれる日本の高僧無初徳始ら日本やインドの僧侶の墓塔もあり、千人以上の僧侶がいたという全盛時代のこの寺の姿が偲ばれる。出家してこの寺に入った元の皇帝フビライ(1215~1294年)の娘、妙厳公主の墓塔も、ここに姿を残している。
戒台寺から潭柘寺を廻るコースも、北京観光のわたしのお勧めコースである。季節は山里の秋景色が楽しめる9月下旬から11月上旬がいい。でも戒台寺の「山中夏日」も捨てたものではない。
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