北京安定門東側に位置する国子監は元・明・清時代の最高学府で、1306年に孔廟と共に建築されたもの。現在は首都図書館として知られている。いわば国立施設のようなところ。また、元代、明代、清代の科挙試験の会場でもあった。創立は元の大徳10年(1306年)で、明代初期には“北平郡学”と呼ばれるようになったが、同永楽2年(1404年)に再び国子監と改められた。
国子監の正門の両側には二つの亭子があり、亭子の北側には太学門がある。太学門の東側には190の石碑があるが、そこに中国の13人の儒家の経典「十三経」の全文が刻まれている。これらの石碑は清の時代の書道家・蒋衡が12年をかけて、乾隆9年(1794年)に完成したもので、文字数は3万字という中国最長の「十三経」。
以来、国子監で学ぶ者を号と称し、清代には外国からの留学生も受け入れていた。国子監は中国の古代学制を研究する重要な地位である。現在首都図書館となっている。
当初はモンゴル族の学校だったが、明・清時代には皇帝の下で政治を司る高級官僚を養成するための大学になった。学生は全国各地の府、州、県の学校から送り込まれた優等生で、「監生」と呼ばれていた。最も優秀な「監生」は科挙に関係なく官僚として採用されたが、ほかの多くの監生は科挙の受験準備に明け暮れていた。ここでは多くの貴族の子弟を教育したばかりでなく、当時の高麗、ロシア、日本からの留学生も教育していた。清の時代には、皇帝はみな即位すると、ここで学問の講義を受けることになっていた。また、外国人留学生と会ったりするところでもあり、国内外の人材が集るところだった。
国子監の中にある辟雍殿は1784年(乾隆49年)に竣工したもので、皇帝が勉強した場所であり、清時代の歴代皇帝の即位も行われた。その奥にある古風な平屋は彝林堂で、明の時代に建てられ、清の時代に大学図書館として使用されていた。西側の一番奥にある「乾隆石碑」には191本の石碑を収蔵している。国子監の敷地の庭にはコノテガシワが高く生い茂り、しっとりとした静かなたたずまいで、孔廟と隣合ってることもあって、全体が落ち着いた雰囲気に包まれている。
国子監の周りの胡同は、樹木がよく茂っていて落ち着いた雰囲気がある。北京に来たら、長城や天安門、故宮だけでなく、この辺りをぶらぶら散策するのをお勧めする。胡同の中でもこの辺は、観光客が良く歩いている方なので、比較的安心して歩ける。
住所:北京市東城区安定門内国子監街15号
開放時間:8:30-16:30(月曜日休み)
アクセス:2号の地下鉄(或はバス13、116、807路線)に乗り、雍和宮駅で降りて、南へ200メートルほど。
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